TBSドラマ『菊池伝説殺人事件』への抗議












TBSドラマ『菊池伝説殺人事件』の菊池貫平像、秩父事件像に抗議する

 2011年2月7日、TBSドラマ『菊池伝説殺人事件』が放映された。作家生活30周年と銘打って、山鹿踊りの群舞シーン、阿蘇草千里、信州のすがすがしい山なみなど、美しい映像があった。  しかし、残念ながら、信州菊池一族への描き方があまりにも彼らを侮辱するものであり、また、秩父事件がいまだに「火付け強盗」の類に描かれたために、せっかくの映像も台無しになってしまった。  肥後菊池会の会長は、「我身の利益ではなく、義のためにたたかう、誇り高い一族」が菊池氏であることを強調していた。  それに対して、秩父事件の菊池貫平は、菊池本家の血筋ではないにもかかわらず、本家を騙って、博徒を使い、略奪、放火と、悪逆の限りを尽くし、金を隠した人物で、本家にとって菊池一族の恥であり、「先祖代々の不倶戴天の敵」である、と描いている。  これは、秩父事件に関心を持つ者には、見逃すことのできないことである。文学作品の場合には、購読、という段階があるが、TV放映は不特定多数の者が視聴するもので、「浅見光彦シリーズ」という人気番組でもあり見過ごすことのできないものがある。  実際の菊池貫平は、長野県北相木村で代言人(いまの弁護士)をやっており、地域住民に「貫平さま」ともよばれた、地域の名望家である。息子は医者で、そ の妻は立川雲平(代言人のち代議士)の妹である。養子であることは確かであるが、それは請われてのことであり、博徒の類とはとんでもないことである。「略 奪、放火と、悪逆の限りを尽くし、金を隠した」とは何をもっての文言であろうか。「誇り高い」菊池貫平一族の名誉はどうなのであろうか。現地に顕彰碑も建 てられていることをご存じないのであろうか。  貫平は、「貧窮農民たち」を救い、そのための早期国会開設を要求して、事件に参加した知識人のひとりであった。「我身の利益ではなく、義のためにたたか う、誇り高い一族」故の行動であった。それを、「略奪、放火と、悪逆の限りを尽くし、金を隠した」とはなんという侮辱であろうか。 さらに言えば、信州菊池一族の分家が本家の当主を殺害する、という設定は、信州菊池一族の名誉を汚さないのであろうか。  原作の段階で、21世紀に入った現在の「秩父事件」像を十分に調べていないのではないかという危惧があった。明治政府によって「火付け強盗」の類の評価 を押しつけられ、「暴徒暴動」として秩父事件参加遺族たちが長い間忍従の生活を強いられていき、それが研究顕彰の進展で「圧制を変じて自由の世界を」を求 めた農民の姿が明らかに描かれるようになってきたのである。そうした実像は百周年の時に記録映画『絹と民権』、オペラ『秩父晩鐘』、TVドラマ『獅子の時 代』などに描かれるようになり、120周年には、映画『草の乱』(神山征二郎監督)が秩父市など地域住民の支援によって作られるまでになっている。製作ス タッフがこうしたことをご存じであれば、セリフはもちろん、松明を持ち物品をもち出す映像で「火付け強盗」を連想させる描き方はしなかったはずである。 ドラマとはいえ、実在の人物名、実在の事件を使うにはもっと周到な配慮があってしかるべきではなかったか。  最後のテロップで「これはフィクションです」という形では解消できない傷跡を残してしまったのは残念なことであり、製作者スタッフに菊池貫平像、秩父事件像の事実誤認をここに抗議するものである。 また、この事実誤認をどのように考えているかお聞かせ願いたく、文書をもってお送りしたしだいである。
2011年3月27日
秩父事件研究顕彰協議会 会長  鈴木 義治

TBSドラマ『菊池伝説殺人事件』スタッフ御中

※本会の抗議に対し、TBSから本会会長鈴木宛に返答がありました。下記の通り全文をそのままお知らせします。(事務局註。2011.4.14)
平成23年4月11日

秩父事件研究顕彰協議会会長

  鈴木義治様

(株)TBSテレビ

編成制作局編成部

月曜ゴールデン担当

永山由紀子

拝復   このたび弊社にて放送のドラマ「菊池伝説殺人事件」に貴重なご意見を賜り、誠にありがとうございます。
  このドラマは内田康夫氏の原作をほぼ忠実に映像化したもので、鈴木様にも御理解いただいておりますように、あくまでも作者によるフィクションで成り立って おります。そのテーマは、伝統ある家名や家柄を誇るあまり、そのことにがんじがらめになって過ちを犯してしまう人間の弱さや愚かさであり、背景をして過去 に実在した人物を配置してはおりますが、その歴史的な意味合いにまで踏み込むことを意図したものではございません。
  秩父事件に関しましては、近年、映画などの芸術作品にも多く取り上げられており、その歴史的な評価が時代とともに大きく変わるとともに、その評価について さまざまな見方や考え方があることは、十分承知しております。ただ、今回のドラマは、その秩父事件そのものをとりあげ、その評価や解釈についての判断を下 すものではなく、主眼は、あくまでも普遍的な人間ドラマにあることをご理解いただきたく存じます。
  今回の鈴木様のご意見を受け、歴史的事実や人物については様々な捉え方や解釈があり、私たちがそうした点に十分留意して制作にあたらなければならないこと を、あらためて再認識させていただきました。 頂戴いたしましたご意見を、今後のより良い番組作りに生かしてまいる所存でございますので、今後とも弊社番 組をご愛顧いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。     敬具
※TBSからの回答に対し、本会会長鈴木名で再び抗議文を送付しました。(事務局註。2011.5.7)
2011年4 月21日

TBS テレビ編成制作局

編成部月曜ゴールデン担当 永山由紀子 様

秩父事件研究顕彰協議会会長  鈴木義治

拝啓 震災報道など、お忙しい中、早速ご返信をいただきありがとうございました。  残念ながら、私にはまだ腑に落ちない点がございますので、再度文書を送ることにしました。制作スタッフの方々はご存知かと思いますが、原作者・内田康夫 氏は、「自作解説」で、「清少納言と西郷隆盛と菊池寛が親戚―という導入は、その新知識に対する僕自身の驚きを浅見に肩代わりさせたものです。おまけに『秩父事件』の菊池貫平までイモヅル式に出現して、ますます驚きました」と書いています(下線鈴木 中公文庫版289頁)。「火付け強盗」として「菊池貫平」を描いたのは、「おまけに『秩父事件』の菊池貫平までイモヅル式に出現」したなかでの発想であり、小道具として秩父事件を利用したために、配慮不足がおこり、このような描き方になってしまったのではありませんか。  秩父事件参加遺族の方々には長い間「火付け強盗」の類としか評価されなかったために、苦しめられ、秩父事件88周年記念集会で、総理田代栄助の孫が、 「88年目にしてやっと陽の目を見た」と発言しました。「圧制を変じて自由の世界」を実現しようとした先祖への誇りを再確認したわけです。信州の菊池貫平 家もそうでした。それをあなた方は、映像で踏みにじったのです。色々と文章で説明できる文学作品と違って、不特定多数に瞬間的に映像と音楽で歴史的実在人 物を「火付け強盗」として見せたわけですから、「評価や解釈」の問題とは次元を異にしています。公共の電波を使ってその人物を侮辱したことですから、それ なりにその根拠を示すべきでした。それが「ひと」としての礼儀、倫理ではないでしょうか。「原作をほぼ忠実に映像化した」とはいえ、原作にない「山鹿踊 り」の場面や、金の隠されているという洞窟の死体場面など、当然のこととしてスタッフの皆さんは作品作りに工夫をしているわけです。「あくまでも作者によ るフィクションで成り立っております」ということで逃げてはいけません。テーマでなくとも、結果的に、その歴史的な意味合いにまで踏み込むことを意図した ものではなくとも、背景として過去に実在した人物を配置した以上は、その人物を「火付け強盗で奪った金を埋めた」などと「ひと」として侮辱してしまったの ですからその根拠はしっかりと示すべきです。    もし、製作スタッフの誰かのご先祖が、実名で「火付け強盗で奪った金を埋めた」人物としてテレビに描かれたとしたら、そのスタッフの方は「フィクションだからしようがない」と思いますか。   実在の人物を侮辱することは、「その評価についてさまざまな見方や考え方がある」ということと次元を異にしているのです。そういう評価や見方等の形で逃げてはいけません。  「今回のドラマは、その秩父事件そのものをとりあげ、その評価や解釈についての判断を下すものではなく、主眼は、あくまでも普遍的な人間ドラマにあるこ と」を強調するのであれば、普遍的な人間ドラマとして、実在した人間に仮名を使うこともなく「火付け強盗」に描いたことに痛みを感じませんか。    横道にそれるようで申し訳ないのですが、映像に登場した「山鹿市」は西南戦争時に一時「自治政府」ができた伝統があります。『新政厚徳』などの旗を掲げ た秩父事件においてもまた「自治政府」が一時ありました。自らの地域を民衆が治めることは今では常識的ですが、百年以上前にこうした事実があったことを考 えると、今回の美しい「山鹿踊り群舞」には、鑑賞後、皮肉を感じてしまいました。   西南戦争を「火付け強盗」の類にテレビで描くことは考えられません。秩父事件も、明治政府に対する異議申し立てであり、例えば、政府軍は埼玉県児玉郡金 屋の戦いで「我が軍勝てり」と打電し、死者を「戦死者」として扱っています。西南戦争は士族を中心とし、秩父事件は農民を中心とした違いがありますが、同 じ明治政府に対する異議申し立てです。21世紀になっても、担い手によって差別をするのですか。 再度となりますが、「ひと」としてのご返信を期待してお ります。  敬具
※この再抗議に対し、TBSから本会会長鈴木宛に返答がありました。下記の通り全文をそのままお知らせします。(事務局註。2011.5.8)
平成23年5月2日

秩父事件研究顕彰協議会会長


鈴木義治様

(株)TBS テレビ 編成制作局 編成部


月曜ゴール デン担当


拝 復
 再度にわたり、弊社にて放送のドラマ「浅見光彦シリーズ 菊池伝説殺人事件」に貴重なご意見を賜り、誠にありがとうございます。
 秩父事件研究に長く取り組まれ、この事件が農民たちの政府に対する異議申し立ての正義ある闘いだったという見方もあることを証明してこられた鈴木様他協 議会の皆様の活動に対し、私どもは十分理解いたしますとともに、改めて敬意を表する次第です。また、そうしたお立場の鈴木様のご懸念につきましても、当然 のことと受け止めております。

た だ、鈴木様にご理解いただきたいのは、あくまでも、今回のドラマで描かれた菊池貫平像は、ドラマ上で描かれて人物、菊池武信や菊池義友が抱いた貫平観であ り、菊池貫平に対する歴史認識を紹介するものではないということです。今回のドラマで描きたかったのは、ドラマの登場人物たちが、伝統ある一族の血やその 家名に縛られた結果、罪を犯してしまった、その人間の弱さや愚かさ、悲しさです。

  ドラマを制作する上で、歴史上の出来事や人物を描くことは多々あります。その場合はその出来事や人物に対する多面にわたる評価や解釈があることを研究しつ つ、テーマに添うある一つの解釈を用いて、話を構築していきます。それゆえ、「フィクションである」ことを表示させていただき、視聴者の方にその旨ご理解 いただいているわけです。

 先日私どもに、この作品を見た方から以下のような趣旨のご感想を頂きました。
「番組で秩父事件が出てきたことによって、秩父事件に興味を持ちました。訪れるなり、行くなりして関心を深めたいと思います。推理小説の番組化は面白いですね」というものでした。

テレビでドラマを放送することがどれだけの影響力を持つか実感すると共に、今回の鈴木様のご意見を受け、歴史的事実や人物については様々な捉え方や解釈があり、私たちがそうした点に十分留意して制作にあたらなければならないことを、あらためて再認識させていただきました。

 頂戴いたしましたご意見を、今後のより良い番組作りに生かしてまいる所存でございますので、今後とも弊社の番組をご愛顧いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。 敬 具


※TBSからの回答に対し、本会会長鈴木名で3度目となる抗議文を送付しました。(事務局註。2011.6.11)

平成23年5月15日


(株)TBSテレビ編成制作局 編成部


月曜ゴールデンドラマ「菊池伝説殺人事件」担当御中


秩父事件研究顕彰協議会会長


鈴木 義治


拝啓 お忙しい中、再信へのご返信をいただきありがとうございました。
 また、秩父事件研究顕彰協議会へのご配慮をありがとうございます。
 しかしながら、今回のドラマについての私の「抗議」が「立場上」の「懸念」として受け止められ、まだ秩父事件参加遺族たちの、中でも今回の菊池貫平ご遺族の 気持ちが受け止められていないという思いから、再々となるお手紙を出すことにいたしました。

 基本的に、歴史上の出来事や人物・事件を描くことには製作者の考えがいろいろあることは承知しており、当然のことと考えています(21世紀という時点に立って の「秩父事件像」「菊池貫平像」を基本的に持つべきであると私は思いますが)。
 私の問題にしていることは、ドラマの制作意図がどうであれ、ある実在の人物・事件を「火付け強盗」として不特定多数の人々に映像として見せることは、そのた めに悩み苦しみ差別されてきたご子孫がおいでなのですから、「多面的解釈のひとつ」としては片づけられないものがあると思うわ けです。すなわち、貴社の再返信にもございますように「テレビでドラマを放送することがどれだけの影響力を持つ」かを考えると、実在した人物・事件を「火 付け強盗」として、映像化して、視聴者に見せる場合には、越えるための「壁」といいますか、「映像倫理」ともいうべきものがあるように思います。
 総合芸術である「映像作家・スタッフ」のみなさんだからこそ問題にしているのです。 秩父事件に興味を持った、という視聴者の方も、学習をしなければ「火付け強盗」の菊池貫平像、秩父事件像を持ったままの可能性があるわけです。
 最後に、蜂起当日読みあげられた参謀長・菊池貫平起草の「軍律五ヶ条」を書き添えておきます。

   一、私ニ金円ヲ略奪スルモノハ斬ニ処ス
   一、女色ヲ犯スモノハ斬
   一、酒宴ヲ為シタルモノハ斬
   一、私ノ遺恨ヲ以テ放火其他乱暴ヲ為シタルモノハ斬
   一、指揮官ノ命令ニ違背シタルモノハ斬

 かつて貴社でも故東野英心氏が困民党の服装をして秩父から信州まで「秩父事件史跡探訪」(事件90周年事業実行委員会主催)を取材し放映したことがありました(『歴史はここに始まる』1974年)。
 今後とも、貴社のより良い人間ドラマ制作を期待して、また、機会があれば21世紀の視点に立った壮大な秩父事件ドラマの制作が為されれば、と期待して、筆を置きます。     敬具


※この抗議に対し、3週間以上経過した6月11日現在、TBSから本会会長鈴木宛に返答はありません。(事務局註。2011.6.11)

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