第57回 研究会

第57回 研究会
 一月一二日、秩父市福祉女性会館で、年明け最初の秩父事件研究会が開催されました。報告は、鈴木義治さんの「禊教の故地を訪ねる」、吉瀬総さんの「歴史教育と教科書」(当初ご案内していた「ブックレットの構想と進捗状況」から変更)でした。


鈴木義治「禊教の故地を訪ねる」
 鈴木義治さんの「禊教の故地を訪ねる」は、明治期の民衆思想の基層にあったものに迫ろうとするスケールの大きな報告だった。
 江戸時代の思想的主流は民衆レベルにおいても名分論だったと思われるが、一九世紀以降、名分論にとらわれない、様な潮流が発生した。禊教がその中に含まれる「教派神道」という言い方は、この時期に叢生した個性的な宗教を「神道」のカテゴリに矮小化する。これら宗教の創始者たちは、自らの想念を宗教的な術語で表現したにすぎず、既成の宗教の修正とか、教団の形成とかが当初の目的だったわけではなかった。
 一九世紀の日本は、さまざまな形をとった「個の自覚」が始まった時代と考えている。これら新しい宗教的主張もそうだし、例えば通俗道徳は没個性を究極にまで突き詰める、一種の超個性だった。自由民権思想は、西洋の人権思想・政治思想の術語による「個の主張」という言い方もできる。
 事件参加者・指導者の中に禊教徒が存在するため、禊教と秩父事件の関係については、早くから指摘されてきた。人間重視や私欲の否定など、その基底には、共通する認識があるから、禊教徒が秩父困民党に投じていったのは自然なことだった。
 明治の後半に、天皇制という新たな反人間的名分論が登場した。かつての民権派の多くが、個性を埋没させ国権の徒と化していく。「個の自覚」の水脈は、社会主義・無政府主義者に受け継がれていくと考えるべきだろうか。
(吉瀬 総)


吉瀬 総「歴史教育と教科書」
 二番目の報告は、吉瀬総さんの「歴史教育と教科書」だった。 これは埼玉県立高校の日本史教科書の選定にあたって、埼玉県議会の一部の議員から、特定の教科書を選定しないようにとの圧力がかかっている実態を明らかにするものだった。
 報告はまず、教育とはなにか、授業とはなにか、教科書とはなにか、という本質を明らかにすることから始まる。
 教育は人格の完成をめざして行われる。これは、戦後の教育が国民一人ひとりが自立した人格(個)であることから出発しているからである。
 そして授業とは、教師(ひと)と子ども(ひと)という人間どうしが関わりあう活動であり、相互的な活動であり、生徒と教師が協働作業により作りあげる知的活動であると言う。
 その場における教科書は、知的活動の材料という機能を持ち、自分の学校の生徒の実態に即し、自分(たち)が目の前の子どもたちと授業を展開する上で、もっとも適切な材料たりうる複数の教科書の中から、現場がもっとも使いやすい教科書を選ぶべきである。
 埼玉県では、二〇〇四年に「埼玉県議会教科書を考える議員連盟」が発足。二〇一三年には、翌年から使用する高校日本史の教科書について、実教出版の『高校日本史A』『高校日本史B』が日の丸・君が代について「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」と記述していることをとらえ、県教育委員会に対して「同社の教科書を採択しないよう強く求める」との要望書を提出し、また文部科学省にも教科書検定基準の見直しを求める要望書を提出した。さらに、実教出版の教科書を選定した八校の校長を呼び出し、きびしい追及を行ったという。
 このため、二〇一五年以降の教科書の選定にあたっては、各校の校長は現場教師に対して「実教出版の教科書は選ばないでほしい」と強く求め、現場教師が実教出版の教科書を選んでも、校長権限で他の教科書に差し替えると通告してきた。
 報告では最後に、実教出版の『高校日本史A』と山川出版社の『詳説日本史B』の、秩父事件の記述か所のコピーを示し、秩父事件を、郷土で起きた誇りあるできごととして、イメージ豊かに学習する上でどちらがよいか、参加者に提起した。
 二〇〇六年に改悪された教育基本法でも、「教育は、不当な支配に服することなく」という表現は、削除・修正することができなかった。しかし埼玉県議会の一部の議員による県立高校への乱暴な介入は、まさに教育に対する不当な支配と言わざるを得ない。またこうした動きは、上田埼玉県知事、埼玉県教育委員会も知らないはずはなく、これを黙認した責任も追及されなければならない。
 他の教科書を「自虐史観」「東京裁判史観」と攻撃する「新しい歴史教科書をつくる会」は二〇〇一年に中学校用「新しい歴史教科書」を作成したが、採択率は〇・〇三九%にとどまった。
 二回目の採択は二〇〇五年に行われたが、議員連盟の発足は、この教科書採択にあたって、「つくる会」の教科書を採択させるためのものだった。また「つくる会」の役員の高橋史朗が埼玉県の教育委員に任命されたのと同時期であり、両者の関連も想定される。
 今回のできごとは、この議員連盟が高校教科書の採択にまで介入してきた事件と言える。
(伊東洋一)

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